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かたちのないかたち、しかし、意識されるところのこころ、
それは第三者なのだ。肉体のパーツのひとつひとつと同じように、
それは、自分の意思とは無関係に持たされてきたものー。
思うに、自分というものは、ひとつもない。

つまりは、自分というのは、なにひとつ所有のない、えたいの知れない存在なのだ。

死ぬとき、
いったい、魂という自分は何処にいるのであろうか、何処から何処へ
からだもないと、こころも消える。しかし、

これほどの作為をもった命が、全く消えるとでもいうのだろうか、
般若心経は、永遠のテーマだ

どういうものか、仏を奉じるすべての宗派で、このお経は誦される
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生命活動の目的は

島先生からメールが届きました。

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