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勝っても、負けてもどうでもいいようなのは、ひとつもおもしろくない。
もう、終わっちゃったのかなって思うことがある。
負けても、ひとつも悔しくないのだ。あの頃がなつかしい。負けると全宇宙を失ったような気がしたものだ。
だいたいが、ひとは、自分というこころのなかにしかいないもので、
失ったら腑抜けだ。
しかし、それで、取り戻しにいった。ギリシャ神話のシーシュポスの岩だ。
こんなこといつ終わるのだろうと、思うこともあったくらい、負けたり、勝ったりした。
それは、負けることで終わりも、勝つことでいきつくこともない世界、まさに修羅界だ。

しかし、意外や意外、終わりは、別のところにあった。覚醒、というか、興味がなくなった。
勝ったり、負けたりが、こころを奏でなくなったのだ。
ライバルや、目標がなくなった。人生なんて、こんなものなのかなと、このごろつくづく思うことがある。

私が世話役にまわったのは、徹しているのは、こんな事情からで、
それでも、離れられないでいるのは、人間の習い性みたいなものだ。ただ、へんな芽生えがあって、
情熱が、行き場をうしなっていた情熱が、こんなとこで活躍しようとしている。
まあ、おもうのだが、自分なんてあってないようなものだ。将棋は、私の人生の大半を食っちまった。
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今日(12/14)、午前中 特別講座中に来客です。

平成26年小学生将棋名人戦

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