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まあ、そういう意味だったかどうか、妙に気になるわけですが。実は、私、まだ若かったのですね。将棋ばっかり指して仕事そっちのけだったころがあるんです。
そのころ、まだ両親が存命だったころで、元旦の最初の食卓で一年の抱負をひとりひとり言う慣わしだったんです。
つまり、どういうか、やはり、罪悪感があったんですね。それで、今年は仕事に専念するよ、と言ったんですね。
これじゃ、そのうち行き詰まっちまうとは思ってはいたんですね。
で、そのときの父親が(つまり、私の父です)が、相変わらずお茶目に片目をつむって言ったことばがこれだったんです。

そういえば、この父親、私が高校生の頃、進路に迷っていたんですが、そのときも、面白いことを言ってました。
「いいんだよ、なんでも、工員でも、事務員でも、 う~ん、丁稚でも、小僧でも、ルンペン、乞食でも、ただね。自分が納得できればね」
「もらった命、自分の好きなように使えば、」つまり、一般社会の価値観や常識、見栄、外聞一切関係なし、自分がこれぞと思う生き方をすればいいということだったんですね。
そのときはわからなかったことが今にして、わかったことがあります。結局そういう生き方をした人はお年玉を神様はくれるということです。 (支部長)
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第38回小学生将棋名人戦福島県大会開催事項

挨拶

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