0 comments
0 trackbacks

ドンファンとは境界線を失った男だ。
見えない線の中で、われわれは生きている。

「我」とはなにか、知らず知らずにあるものだが、どういうわけか、全てだ。
ありもしない全てだ。

自由とはなにか、はたっと、とまってしまう。自由とは、
線を全部とったとして、果たして何がのこるのだろうか

ドンファンの不幸とは、線をうしなったことだ。
生きていけない。実は線は支えだった。われわれは操り人形なのだ。

君は気付いたのだ。見えない糸がなくなって、線がなくなって、
おちたのだ。

そう、おちたのだ。そして、自由になりたいと言った君は、
線を捨てられない女達に、線によって立ち直っていく女達に、
取り残されてしまった。

線は、もう、君には、引かれることはない。山小屋でパンを焼いていたが

君の自由にあこがれたこともあるが、さらば、パン職人よ
もうすぐ春が来る。待ってはいけなかったのだ。なにしろ、君は線を失った。

君の口癖のように言っていた自由とはなにか、それだけが飯豊の山々を旋回しつづける。




市場がブレイクしているのに、投資(投機)手法を変えないのは危険ですね。
景気循環にはキチン循環、ジュグラー循環、クズネッツの波がありますよね。コンドラチェフの波、戦争は困りますが注目しています。完全なバブル前の投資スタンスですね。モデルは。上がり下がりのなかで、銘柄の組み換えだけをする。勿論キャシュ率を徐々に高めながら波乗りです。いずれ、チャンスはある。そういう感じですかね。
ただ、あの頃を思い出すと、一直線に行ってしまった。それも想定内です。つまり、どっちでもいい。
もっとも、この局面で悪いのは、全部売ってしまう所有しないリスクです。
スポンサーサイト

しみじみと

私は信じる

comment iconコメント ( 0 )

コメントの投稿






trackback iconトラックバック ( 0 )

Trackback URL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)